2017年3月7日火曜日

パンシザ

パンプキンシザーズ
 パンプキンシザーズが面白すぎてここ数日は寝るのが惜しかった。だいぶ前に買った漫画で、今回読み通すのは2回目なのに既刊20巻で3日かかった。読むのになんとなく時間がかかるのだ。文字がそこまで多いわけじゃないのに。例えば20巻あたりのナ○トとかに比べたら全然ない。登場人物もそこまで多くはない。コマも細かくない。でも読み飛ばすことを許してくれない。そんな漫画。
 パンプキンシザーズの説明を丁寧に一からしてストーリーまで辿るのは大変困難だし長文極まりなくなるのでもう好き勝手言いますから興味を持ったひとからお願いだから読んでください。これはこんなブログなんかで面白さが伝わる漫画だとは思っていない。たぶんだけどキングダム芸人さんが同じようなことを言っていた。うまく伝わらないし言うことすべてネタバレになるから言えないけどとにかく面白いから読んでおくれ。
 一言でイメージを伝えるなら、「シリアス7割ギャグ2割エロ1割の西洋版銀魂」である。舞台のモデル(あくまでモデル。一切の考証不要!by作者)は第一次世界大戦前後のドイツ、らしい。「フロスト共和国」との永い戦争を停戦に持ち込んだ「帝国」には戦争に端を発した貧困・飢餓・疫病・兵隊の野盗化・難民・差別などの「戦災」がいまだに跋扈し、民の生活を苦しめていた。その「薄氷の条約」締結後3年目のとある日に、帝国陸軍情報部第3課の実働小隊がダムに隣接する派遣先の村で戦場帰りの軍人と出会うところから物語は始まる。ようするに出会っちゃうんである。
 ほんとにこの漫画はヒロインがかっこいい。いまどきここまで貴族をかっこよく描く人はいない。愚鈍にしてうっとおしい権力機構としてのみの存在をあたえられがちな貴族が、パンシザの世界では一味違い、深く掘り下げられてゆく。技術革新によってその武力としての価値を失った貴族が自らのアイディンティティをどう保とうとしたかが、そのひと・家それぞれによって描かれる。もちろん往来のイメージ通り、平民をひととして扱わず愚かな権力を振りかざしたり、プライドをこじらせたりする者もいる中で、その影響力を自覚して民衆の前に堂々と立つ者もいる。ヒロインの名はアリス・L(レイ)・マルヴィン、陸情3課実働小隊「パンプキンシザーズ」の隊長で階級は少尉である。拝命十三貴族の一つマルヴィン家の第三公女にして現在の次期当主であり、武家貴族らしく凛とした性格で、生真面目で聡明、誇り高くどこまでも公平であろうとする。そしてなにより、めちゃくちゃ強い。まあ強い。そもそも「切り裂きし者L(レイ)」という名を皇帝より授かっただけあって剣をもたせたら、軍の随一の制圧機関である陸情1課第1小隊「第1の大剣(クレイモア・ワン)」とタメを張るレベルである。
 ここでひとついっておくと、ちょいちょいでてくる単語がどうしょうもなく笑えるレベルで厨二です。先述のダムの村で出会ったもうひとりの主人公ランデル・オーランドは、戦争中901ATTに所属していたけど、それは「不可視の9番(インビジブル・ナイン)」と呼ばれる、兵士自らにとっても非人道的な戦い方をする非公式部隊群のうちの、対戦車猟兵部隊(Anti Tank Trooper)で通称「命を無視された兵隊(ゲシュペンスト・イエーガー)」である。お分りいただけただろうか。じわじわくすぐられるので乞うご期待。
 こういうネーミングもそうだが、台詞運びが非常に特徴的だと思う。ものすごくリズムがかっこいいのである。キャラクター・状況に合わせたリズム、口調、言葉選び、声色が表現されているし、総じてかっこいい。モノローグと台詞の組み合わせも抜群によい。私がこの漫画を知ったきっかけはヒロインの台詞だったのだが、それは「次期当主が幼い弟に譲られるとして、あなたはどうしてそこまで一生懸命責務を果たそうとするのか」という問いに向けて放った以下の言葉である。
「いつか失うものに意味がないのなら あなたの命もまた 無意味でしょう」
「時か 病か 刃か いずれは奪われる ならば今すぐ死にますか?」
2巻でこの熱さであります。20巻やばい。
 伏線の回収とかネタフリとかも異常に上手い気がする。ワンピースでラブーン繋がった時とかもびっくりしたけど、2巻で表紙やコマに写り込んでるだけの武器が19巻のキーポイントにいきなり登場してきたりとかする。そもそも、戦車と生身で戦う歩兵という「ありえんやろ!」っていう設定がちょっとずつ紐解かれて「うそだろ…なるほどな…なんてこった…」ってつながるのは17巻とかそんなもんである。ちょっとずつ情報を得ていってその納得にたどり着くわけだが、正直一体どこでその情報を読者が手に入れたんだったかわからないくらいに散りばめられていて、その俯瞰の出来なさはまるで登場人物と一緒にその場を生きているような妙なリアリティを生んでいる。アリスも物語とともに成長してゆく。抗・帝国軍(アンチアレス)の戦車を撃退したとき、いっさいの嘲笑なく放った台詞はたぶんお姉さんの影響だ……感慨深い。
 脇役やモブキャラがぜんぜんモブになってくれないのもとても好きだ。オレルドやマーチスはもちろんウェブナー中尉とかかっこよすぎた。ハーケンマイヤー三等武官にはなんと泣かされた。登場は明確なギャグ要員だったのに……。1巻での入院先の看護婦さんでさえ名前が与えられて、のちに帝都で大規模なテロが起こった時に再登場して命を懸けて人を救ったりしているんですよ。シビア極まりない状況下、ひとりひとりの必死の戦いが誰かのために繋がれていくようすに、どうしようもなく胸が熱くていっぱいになる。
 命とか、それを奪うこととか、戦争とはなんなのか、復興とはなんなのか、不公平とはなんなのか、国家とはなんなのか、科学と人類の関係はどうあるべきなのか、人と人との関係性の多様さ、そういったものを多方面から、しかも物語としておもしろく読めるってえらいことです。難があるとするとまずヒロインとヒーローが生き方として不器用すぎてみていて辛い。ヒロインがこれまで逃げだと思って騙ってこなかった「正義」を、そこから逃げるのも一種の卑怯だと感じて背負う決意をしたり、ヒーローが零距離で相手を殺す部隊に所属して大量の殺戮を犯す器官を備えていながら「人を殺すことはどんな状況でも、たとえ戦時でもいけないことに変わりがない」「人の幸せを根こそぎ奪った人間が、自分の幸せを感じるのは許されない」という父親(娼館の闇医者…)から受け継いだ信念を決して手放せなかったり、ほんとどんどんふたりが人間を辞めていってて辛い。あと「月刊少年マガジン」という、漫画雑誌のなかでは第3位の発行部数を誇っているのになぜか地味でマイナー!な月刊誌の連載なため、進行はとてものんびりしたものである。コミックスが年1にでるか出ないかになってきた…。21巻がいまから楽しみでなりません。

あまりに長くなったのでタイトルを変更しました。次回は「本屋」、その次は「距離感 その1」です。

0 件のコメント:

コメントを投稿